エレボタ|エレベーターのボタン収集鑑賞

読むエレボタ|偶然から始まったライフワーク

趣味でエレベーターのボタンを観察しているんです、と話すと、たいがいの人には「なぜそんなことを」と聞かれる。
理由は、おもしろいから、に尽きます。
巷にあふれるコンテンツに比べると地味なのは確かだけど、おもしろいんです。本当です。
地味な分、具体的に話すと長くなりますが、よろしければおつきあいください。

上下漢字ボタンとの運命的な出会い

きっかけは2000年頃に京都市内で見かけたエレベーターだった。若いクリエイターが立ち上げたアパレルブランドやデザイン事務所が多く入居するおしゃれなビルだった。
そこのエレベーターのボタンはタイプライターのキーのように白くとび出しており、工業図面的なフォントで「上」「下」と書かれていた。漢字である。点字ラベルも含めてほかの掲示は一切なかった。
エレベーターのボタンで矢印か三角マーク以外を見たのはその時が初めてだった。厳密には初めてではなかったのかもしれないが、ボタンの表記を認識したのはそこからと言っていい。

私は日本語育ち、ステレオタイプな日本人なので上か下かは見ればわかる。しかし初見の外国人は読めるのか?ここは観光地KYOTOだぞ。とはいえ漢字の「上」「下」の造形は三角形の骨格に見えるともいえるから、ピクトサインとしてはじゅうぶん機能するかもしれない。はたまたここは日本の若人向けに特化した場所ですよ、観光客はお呼びでないよ、という運営側サイドからの意思表示か。そんなまさか。全員が全員読めるとは限らないけど、設計や施工さんの独断で設置されるはずはない。ゴーサインを出した責任者がいるからこのボタンは今ここにあるわけで。そもそもエレベーターに乗る前に上か下の二択を申告するスタイルはいつ始まったのか……

そのボタンを目にしたとたん一気にいろいろなことが頭をめぐり、思考がスパークしてしまった。

誤解しないでほしいのだが、見づらいとか、不親切で良くないとか言いたいわけではない。
なにも見ていなかった自分の目と、突然気づいたことの両方に衝撃を受けたのだ。

それ以来、エレベーターのボタンが気になって仕方がない。
エレベーターのボタン。省略と愛称、両方の意味を込めて「エレボタ」と勝手に名づけ、街なかのエレベーターを眺める活動が始まった。

上と下の表現に無限のレパートリー

ちなみに、日本にあるエレベーターは乗り込む前に上か下かを申告するスタイルが圧倒的に多い。特定の人しか利用しないオフィスビルでは1階のエレベーターホールで行先階を指定するスタイルも見かけるが、2024年現在は少数派だ。

観察を続けるまでは、この〈上か下か〉の二択をシンプルに表すボタンの意匠がここまでバラエティ豊かだとは思っていなかった。あるとて、三角か/矢印か、丸か/四角か、にランプの色を掛け合わせた程度だろうと。
予想は大いに外れた。把握しているものでも200種類弱はあるのではないだろうか。
自分には考えつかないアイデアや度肝を抜く意匠のエレボタを見つけて、そう来たか!!!と一人エレベーターの前でニヤニヤしてしまうのが楽しくて現在に至っている。

上と下の表現にどんなものがあるのか、の話は本当に長くなるので、詳しくは別ページで話します。

記憶に残らないくらい優秀

エレベーターのボタンを気にするようになって気づいたことがもうひとつある。
いつも乗るエレベーターのボタンがどんなだったか思い出せないのだ。出先で「これ、いつもの改札を出てすぐ右の連絡口と同じボタンだ」と思い、写真に撮って帰り、確認してみるとどうも違う。三角か矢印かさえも間違うぐらい記憶は不確かだった。
エレベーター(その中でもボタン)を意識するのは、点検中で乗れなかったり、故障していたり、タバコが押し付けられたのか焦げ溶けていたり、つまり「異状あり」の場合くらいで、日常生活の中でほぼ記憶として残っていない。
逆に考えると、普段からエレベーターに対して何も思わないレベルで不満はなく、記憶に残らないくらいスムーズに乗り降りできているということ。メンテナンスが行き届いている証拠だろう。

考えてみれば、エレベーターを使う利用者にとっては〈ボタン押す→エレベーター来る→乗る→オフィスに着く〉が円滑に達成されたら良いだけで、そのプロセスに興味はない。
当然、むやみに目立つ必要もないし、時には目立たないほうが重宝される場合だってある。
エレベーターに限った話ではなく、こうした地味な気配りが世の中のクオリティを底上げしていることにも気がついた。
「記憶に残らないくらい優秀」という評価軸は、当時の私にとっては新鮮だった。

集めて並べて眺めてみたい欲求

観察を続けるうちに、エレボタには地味な系統と自己主張のある系統があると分かってきた。
地味なタイプは前述の「記憶に残らないくらい優秀」な脇役。駅やスーパーや役所やオフィスなど各所で、見ればエレベーター製造メーカーがわかるくらい共通のボタンが使われている。
自己主張のあるタイプはコンセプトのとがった建築や空間にあわせてデザインされたものが多い。ボタンや土台の盤をオリジナルで製作しているような場合もあれば、既製品のボタンやパーツを部分的にアレンジして設置場所のトーン&マナーにあわせているものもある。
味付け濃いめの建築にあわせて大胆にアレンジされているメーカー既製品のエレボタを見かけると、気心知れた友達がおめかしして張りきっている姿を偶然目撃してしまったような、おかしいような嬉しいような気持ちになる。

それなら地味なボタンは画一的かというと、そうでもない。設置されるロケーション次第でその姿は千差万別に変化する。
西陽で色褪せして黄色味がかっていたり、上下サインがあるのに見えにくいと言われ上と下のラベルを追加で貼られたり、摩耗でつるつるになっていたり、たくさんの貼り紙や掲示物で埋没していたり。
雨風や天候だけでなく人間による改変も含めて「自然の経年変化」だと考えれば、ひとつとして同じエレボタは存在しないだろう。

そう考えてひとつひとつを見ていくととても趣がある。
ズラリと並べてみればさらにおもしろいだろう。
せっかくなのでほかの人にもおもしろがってほしい。書物のような順番だてる見せかたもいいけど、かるた取りや、七並べもしたい。
なので、このサイト上に集めることにしたのだった。